今年を持ちまして、昭和史研究所も、早いもので満5年を迎えました。当研究所は終戦50年の謝罪決議問題の翌年、平成8年に発足しました。これは、謝罪決議反対運動で皆様から頂いた御寄付が残り、皆で協議した時、「これを歴史の検証のために使おうではないか」という私の提案で、平成8年4月に昭和史研究所を発足する事となった訳です。
私事になりますが、30年前、昭和45年に朝日新聞を批判する活動を地元の鎌倉で起こし、「日本人の声」というミニコミ紙を、手書きのガリ版で作成。しかも販売していては間に合わない、一番良いのは直接街頭で手渡しする事だと考えて、そういう活動を3年位続けた。当時と現在を振り替えると、マスコミは当時よりももっと悪くなっていると思う。それまでは朝日新聞、毎日、中日、東京の各紙良かった。各社一般に良かった。その後昭和45年から悪くなった。しかし、まだNHKがあるから救いがあると思っていたが、それも駄目になり、昔から節操をかえないのは産経だけになってしまった。
何故こうなってしまったのか。原因の一つとして、論説委員が、その頃はまだ戦前の生き残りが頑張っていて、愛国心のある人達も少なくなく、毅然としたものがどこかにあった。朝日も、毎日も、中日も、各紙にそういう方々がいた。その人達が引退されてから、すっかり駄目になってしまった。
マスコミだけでなく、政界、その他あらゆるところが、全部世代交代が原因で駄目になったのだろうと思う。
最近若い人達と話した中で、今の60代の人達の方が、30代の人よりもファイトを持ってやっている。30代の方が駄目だと言う。全然元気も無く、意欲も無いと言っていた。原因を考えてみると、昔の事を知っている人間は、日本の良い時の記憶がありますから、それを守りたい、回復したいと言う気持を持っている。若い者はそういうものが無い。それは偏向教育を受けていてそういう昔の日本の良い面を知らないものだから、何を守って良いのかわからない。そこから、国旗、国歌の問題、歴史教科書の問題等、全部派生していると思う。戦争を知る方々が居なくなるという事は、恐ろしい事なんです。
そういう事を考えると、何とか戦争体験のある方の手記とか、体験記とか、少しでも集めて残そうと言う、昭和史研究所の仕事の意義は、それなりに重要だと思っています。しかし、何度も言っているが、これは政府が国家的規模でやらなくては駄目な事なのです。さらに、だんだんそういう方が亡くなったり、お年を召して、しゃべったり、手記を書いたりする意欲も無くなっている。今のうちに、昔を知っている私達のような戦中世代(繋ぎの世代)が元気なうちに昔の事を記録しておかないと、もう取り返しのつかない事になるのではないかと恐れる思いです。